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カウンセラー煌野華子のブログ

自分を変えると決めること

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ある方のエピソードを聞いた時、感動と衝撃を受けたものでした。

それは、こんなエピソードでした。

その方は、ご家族の問題をなんとかしたいとあちこち相談に訪れます。
そうしてやっと、「これだ!」と思えるセラピストに出会ったそうです。
今まで出会ってきた誰とも違って、自分に新しい風をもたらす人であったようです。

そのセラピストに解決へ向かうのに3年はかかると言われたそうです。
そう言われて、その方は、
「3年は長いな~。どうしたら少しでも早く解決できるだろう?」と考えたそうです。
そして、
「すべてのことを心をこめてやることにしよう。」と決めたのだそうです。

すべて?
むつかしいよ、それって、
無理無理、私には無理。
でも、
そう決めた?

その方は、変えようと覚悟されたのだなあと
その勇気(私からするとそう思える)に感動して、
そんな人がいるということに衝撃を受けたのでした。

それにしても、
「心をこめる」ってなんでしょう?

それ以来、ずっとずっと考えてきました。

そのときどきで、
「心をこめる」はさまざまな言葉に置き換えられるということに気がつきました。
なんと、「心をこめる」は生きることそのものでした。


素晴らしき方との出会いに感謝。

さあ、私も
しっかり生きてまいります。

 

8/3(土)シータヒーリング実践会開催!

シータヒーリング実践会のお知らせです。

日時 8月3日(土)15:00~17:00
場所 座間サロン(小田急線座間駅徒歩10分)
   詳しい場所は、申し込み後お知らせします。
参加料 1000円
参加資格 シータヒーリング基礎セミナー受講者


しばらくシータヒーリングやってないなぁ
まだまだ自信がもてないなぁ
どうやってセッションをすすめたらいいかなぁ
もっともっとセッションしたいなぁ
掘り下げできるようになりたいなぁ

そんなあなたは、 こちらまで 、どうぞお申込みください。

心理カウンセラーならではのエピソードをまじえて、
セッションの進め方をお話しします。
そしてペアワークで実践しましょう。
シータヒーリングのやり方は、とってもシンプル。
でもサイキックな感性は、
何度も繰り返しやって感度をアップするしかありません。

その時々の参加者には、毎回共通のテーマがあります。
さらに、ワークの時にペアを組むにも意味があるようです。
楽しみですね。

ぴんと来たなら、参加すると何かあるかもしれませんね。
リラックスした雰囲気で、でも真剣にワークできればと思っています。
お待ちしていますね。
お問い合わせ・お申し込みは こちらまで どうぞ。

気持ちを言葉にすることは,自分を知ること

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気持ちを表す方法はいろいろありますね。

芸術的センスがある人は、
音楽や絵画や陶芸、工芸などの創作活動で表すかもしれません。
普段の生活の中での人と人とのコミュニケーションでは、
表情や動作でも表しますが、
言葉による表現もありますね。
日本人は感情表現をあまりしないと言われていますが
あなたはいかがですか?

私たちは、
常に何かの刺激に反応しています。
気がつかないうちに、何らかの感覚を感じています。
その時はまだ自覚できない感覚、自覚の前段階なんですね。
その感じは、言葉にして初めてはっきりと明確に意識にのぼります。

なにかいい感じを受けたとします。
「いい感じ」と言葉で表現します。
これでいい感じを感じているな~と自覚できます。
それを、「早春の陽射しのような優しいいい感じ」などと、
もっと言葉を重ねて表現すると感覚がもっとはっきりとしてきます。
言葉は、ふくらみをもたせ意味をもたせてくれます。
言葉にして出すと内面の自覚ができるんですね。

また、
言葉は
あなたの無自覚の世界(潜在意識)と意識している世界(顕在意識)とを
結んでくれます。

心や気持ちを言葉で表現してみてくださいな。


さて、
あなたは
心や気持ちを表現する言葉をどれほど知っていますか?
どれほど使うことができますか?
どれほど使っていますか?


セラピーでは、
あなたのつらい心や苦しい心を言葉にして出すお手伝いをします。

言葉にして出せば、
あなたの気づきとなり
悩みから解放され、
あなたの新しい心のもととなっていくことでしょう。

あなたの心が
もっともっと豊かでありますように

 

セラピーは依存?

 

ひこうき雲

クライアントさんから、
「セラピー受けて、わたし依存してませんか?」
って、聞かれることがあります。

依存といえば依存かもしれません。

クライアントさんには、
正しい依存を覚えてほしいと
お伝えしています。

 

 

頼るべき時には頼る
頼るべき人には頼る
そうやって人と関わりあいながら、
安心するということ
信頼するということ
を知ってほしいです。

頼ることも含めて
自分で決めて
自分で責任をもてばいいのですね。
 

 

 

心にいい悪いはない

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ネガティブなことなら

ええ、そりゃあもう私
たくさんたくさん引き出しを持ってます。

たくさんたくさん記憶をストックしてます。

ネガティブもポジティブもすべてすべて
私の人生のオールキャストです。
すべて私の宝物。

ネガティブな思いがつらいのは
神様のプレゼントかしら。

つらいから、ネガティブはいやだなあって感じて
ポジティブになろうと思いますものね。

ところで、
ネガティブ君がいなくなるようにって
努力してません?
無理やり押さえつけて
は~い、ポジティブ君の登場~!
ああ、嬉しいです
ああ、楽しいです
ああ、楽です
ああ、感謝です

ポジティブ君の勝利です。


こんなふうに思えたらそれでいい?

ちょっとまってね。

このとき、
あなたの心の中で何がおきているかしらん?


そうやってポジティブ君を優遇するたびに
ネガティブなあなたを否定する心を生みだしているわ。
「私はだめだ」
心の底にどんどんためこんでいるかも。
無意識のうちに、ね。

もしくは、
ネガティブ君が熱烈ラブラブな目でこっちをみているのに
気がつかないように(ふり)してません?
自分から逃げたって
自分は自分。

 

悪役になってくれたネガティブ君に敬礼よ。
さあ、言葉にしてね。
いやだなあ
ねたましいなあ
あたまにくるぞ
・・・そうそうその調子。

悪い言葉を言えば(出せば)、
悪いことが自分に返ってこないかって?
ええ、そうかもね。
だけど、無意識の中に悪い言葉を貯めこむ方が
体と心の内側を侵食して、もっともっとよくないわ。

独り言でもいいの。

聴いて否定せずに受け止めてくれる人がいたら
その人に話せればもっといいわ。
思いを言葉にして出してくださいな。
無意識に秘めてきたものが開放され始める。


出して出して出し尽くしたら、
新しい言葉を受け入れる心のゆとりができてくる。

すると、
変わり始める。
もっともっとあなたらしさを生かせるようになるわ。

 

今までのあなたをねぎらってね。
こんなにつらい気持ちをかかえて
よく今まで生きてきたなあ、って。
否定も責めるもいらない。
絶対にいらないわ。

どんなあなたも大事なんだから!

ここが
出発点。

 

 

味わって手放す心

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本当に私は言い訳だらけだったのですね~。
と、
そのクライアントさんは言いました。

複雑な家庭環境。
孤独だった幼少期。

ええそうですとも。
言い訳と言わなくてもいい。
誰かのせいにしたくなってもおかしくないほどだった。
誰かのせいにしなければ
あなたは生きてこれなかった。
それがあなたの生きるエネルギーだった。

わからない
考えられない
感じない
観えない
聞こえない
できない
やりたいのにできない
わかっているのにできない
私はだめだ

これが
そのクライアントさんが
よく使う言葉でした。


けれど、
視点も
スタンスも
立場も
とうとう
変える決心がついたそうです。

まわりがどうあろうとも
自分に向けて
味わい直しはじめたのでした。

誰かのせいにするとか
自分のせいにするとか
そんなことも手放して

自分を
自分の世界の主人公に。

そのクライアントさんは
両親とのわだかまりを解いたのでした。
両親に理解を求めるより
自分で自分を理解する努力を始めたのでした。
 

 

今までの生きるエネルギーを手放す勇気

人間は
すばらしいです。
気づいて決めてただ行動する、
そして違う景色を見る。
その勇気に乾杯!

 

味わうということ

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前々回のコラムで触れましたが、
「味わう」ってなかなか奥が深いなあと思います。

人生をしっかりと味わうことができたなら
それは豊かなものになるでしょう。

味わうって
ある時は、
意識をすこし広げる感じ、かな。
ある時は、
視点を変えて見直す感じ、かな。
感情的でもなく感覚的で
客観的 かな。

喜怒哀楽の背景にあるものの、
ねっこにあるもの、
まわりにあるもの、

そんなものたちに
目を向けて
自覚できるようになったなら

味わいつくせたなら

自分の内面が
広く拡く大きくなって

どれでもいい
どっちでもいい
なんでもいい
(どうでもいいではなくて 笑)
そんなふうになれて

それこそ
人生の意味となるのかなあと
 感じています。

 

クライアントさんに話してもらうこと

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クライアントさんに話してもらう内容は、
イヤだと思うこと
つらいこと
苦しいこと
困っていること
イラッとしたこと
などなどです。

とにかく心のお掃除です。

心にたまった嫌なこと・苦しみを
言葉にして出してもらって
それを受け止めるのが
セラピストの仕事です。

無意識に蓄えられたコンプレックスは
言語化して出すことで
意識化され、解消されます。

話していくうちに、
クライアントさんが自ら気づくようになります。

何を?
クライアントさんの「心」に・・・・
です。

 

味わってみてくださいな

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「よおく味わってくださいな」
と、セラピーの時にクライアントさんに言うことがあります。

この、「味わう」とは
どういう意味だと思いますか?


当たり前にやっている部分
習慣になっている部分
当然そうだと思っている部分
気がついたらそうなっている部分

これらはあんまり意識しないでやってるんですね。
そこを、ちょっと意識して感じてみる。
それが味わうということなんですね。

誰かのいやな言動にむっとしたという話が出たとします。
この時、私が「味わってくださいな」と言ったとしたら
むっとした感情をもっと感じてくださいという意味ではないですね。
そう、おわかりになりましたか?

気がついたらむっとしていたのですね。
ということは、これは無意識にそうなっています。
その無意識にやっていた部分を感じてみてくださいな、ということですね。

え?
いやなことを言われたらむっとするものでしょう、って?
はい、そうかもしれませんね。
そうではないかもしれませんね。
どうでしょうねえ。

どっちであろうともかまいません。

意識してみましょうということですね。

できてしまえば簡単なことですが、
味わうって結構奥が深いです。

是非、あなたも味わってみてくださいな。

  

食からはじまって・・すべてを含む

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私は玄米菜食好きです。
でも、ジャンクなものもなんでもいただきます。

私が玄米菜食を知ったのは、今から30年ほど前の料理教室で。
料理ができない私は結婚するにあたり、
家庭料理教室と看板にあったその料理教室に通うことにしました。
すると、当時はマクロビなどという言葉も全くない時代でしたが、
教えられたのは玄米菜食。
日本人の風土に合う食べ物。
旬の食べ物。
栄養のある土で育てられた(つまり化学肥料や農薬によらない)作物
食物はなるべく丸ごといただく
添加物のこと
化学薬品で抽出したものでない必要な時間をかけた、
昔ながらの製法の油や調味料や食物
などなど、
食べるということについて
食物をつくるということについて
社会について
私の基本的な考え方がこの時身についたのでした。
これぞ正しい知識。これしかないと思えました。

結婚のために通った料理教室でしたが、
夫に「普通のものを食べたい」と言われて、
結局結婚したとたん、
肉や白米の「普通の」食事を作ることになりました。

でも、子供たちがアトピーだったので、
なるべく手作りを心掛け、直したいと一生懸命でした。
「もっと肩の力を抜いたほうがいい」
という周囲の声は聞こえているふりだけしました。
だって、そんなに力が入っているとは思っていませんでしたから。

そのうちに、
ものすごく食事にこだわって気を使っているのに
元気じゃない人がいることに気がついて
何か変だぞって思い始めました。

子どもが友達をつくる年になって、
友達と同じものを食べたがりまして、
食べたいものを食べさせようと
方向転換しました。

そして、
食べ物はとてもとても大切なものですが、
それを用意する母としての心はもっと大切だと気がつきました。
子どものためといいながら、
いつの間にか私は余裕をなくし
子どもの心を満たすのではなく、
私の正しい食でありたいという願いを満たすことに汲々としていたのでした。
また、
食のことを知ると少しは社会が見えてきます。
安全でないこと不正なことがあちこちにあふれかえっていて、
世の中のあらゆることに不安感や不信感を募らせてもいました。
そんな私が
子供たちに安心と安らぎをあげることはできるはずがありませんね。


緊張するとおいしく食べられないし胃がきゅ~んと縮み食物を受け付けません。
安心と安らぎは心と体をつくるのですね。
 


そもそも、
子どものアトピーも
私の正しくありたいという(私の正義を守りたいという)狭い心が
元であったかもしれません。

それはともかく、
食べたいものを食べたいときに食べたいだけ
欲求に素直な食事にしたら
子どもたちのアトピーは落ち着いてきました。
何かひどくプレッシャーを与えてしまうと
またアトピーの症状が出るという感じでした。

無知ゆえに、
知らないうちに体によくないものを取り入れるのはいやです。
知ることによって
少しでも選べる人でいたいとは思います。
かといって、知識にむやみに振り回されるのもいやです。
よくないもの悪いものを消去することや、
攻撃することだけにやっきになるのもだめで、
自分の内によいものをふやすこと
そのバランスも大事だと感じています。

心のありかたと同じですね。

人の内側も
人の外側も
いいも悪いも
すべて あるのですから。
それをよく知って
すべてよしとする
どちらもありとする
大きさというか
ゆとりというか
器というか

こころの真ん中
自分の軸

しっかりと通って丈夫になれば
どちらもすべてよし

世界で起こっていることは
すべて自分の中のできごと
世界のなかに私がいて
私の中に世界がある

すべて慈しみたい
すべてどちらでもよい

そんな感じが
しているのです。